実写版デビルマンを見た。
だいぶ前だけど、実写版「デビルマン」を見た。
なかなか良い出来だった…テレビで見るには。(辛口)
アキラの演技もさることながら、
CGと実写が分離しちゃってるのが惜しかった。
迫力はあるけど実物感が出せなきゃアニメで良いわけで、
厳しいけれど元アニメ作品だと言うことを踏まえ、
そこはちゃんと抑えて欲しかったな。
で、内容。
原作の漫画は読んでいないので、
その辺の絡みは分からないんだけど、
要するにバイオハザードであり、災害パニックムービーなので、
ストーリーどうこうにあまり意味はない(んだと思う)。
パニックの中の人の醜さや弱さ強さなど、
人間模様が描けていれば良いのだろう。
その点で、アキラよりユキ家族にドラマの比重を置いている と、
そういうことなのだな。
ただ、デビルマンとサタンの戦いとは何だったのか?
その点には含みや比喩的表現があるはずだろう。
デビルマンとサタンが戦いは、
映像の通り(地上での)戦争そのものを表している。
イコールだと示す限り、何か意味なり象徴なりがある。
それは何か。
アキラがデビルマンだと知った住民たちは、
ユキ一家もデビルだとし一家を惨殺するシーンは、
いったい何が悪魔なのかと問いかけている。
あるデビル(ジンメン?)が倒される前、
デビルマンに問うセリフ、
「同じデビルなのになぜ殺す?
俺たちは生きるために喰ってるだけだ。
人間も他の生き物を食うだろう。
だが、サタンは違う。」と。
サタンはデビルたちの世界を築こうと、
自己の理想のために人間を抹殺しようとしている。
それは己が快適な環境のために、
自然破壊を繰り返す人間にも同じことが言えないだろうか?
デビルマンもサタンも“人間の側面”なんですね。
人間らしく生きようとする一面と、
理想のために生きる一面とのひずみの戦いってことなのね。
(まぁ、それが戦争と言うものだと言っているわけではないでしょうが、)
結果ほんのちょっと理想(サタン)が勝って、共存を模索する。
冒頭に戻ると、アキラはとても優しい温厚な人間で、
(アニメの方は熱くてものすごくムサい人間像だったな…)
リョウは正義感は強いが冷たい人間なのね。
つまり、メンタルとロジックなわけだ。
と、なかなか良く考えられてたりするんだよな。
だてにリメイクじゃないぜ!って所かな。
まぁ酷評はされてますが…。
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